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靖国神社に参拝する意味は?

毎年恒例行事となっている(あくまでも個人である)靖国神社の参拝ですが、終戦の日に行けない場合は翌日に行くようにしている。なぜ行くのかって?それは祖父が大東亜戦争に参加してたからに他ならない。

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かと言って祖父が靖国に合祀されているわけでもない訳だが。

祖父の事情は良くわからないが、出願して出兵し敗戦を満州でむかえシベリアでの過酷な経験をし、その後、昭和そして平成のわずかな時をもって亡くなった。今思えばもっと話を聞いておけば良かったと後悔するが太腿の銃痕など祖父に聞こうとすると周りの大人に止められた記憶は未だに残っている。

何度も足を運んでいる場所ですが、雰囲気が独特な空気があるのは行った人にしか分からないかもしれない。とにかく『靖国で会おう!』って言葉が記録としてある以上、雰囲気に圧倒される。
(※思想などは関係なく一度は行ってみても良いかもしれません。)

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1945年(昭和20年)8月14日:日本政府が、ポツダム宣言の受諾を連合国各国に通告した日。
1945年(昭和20年)8月15日:玉音放送(昭和天皇による終戦の詔書の朗読放送)により、日本の降伏が国民に公表された日。

靖国に行かなければ感じる事の出来ない雰囲気がある。

『靖国で会おう!』って言葉を交わした祖父達の戦友の御霊がもし靖国に存在するとしたら、日本の未来を考えながら戦った方々に手を合わしに行ってももなんら問題ないだろう、、、、と言うか日本人として当たり前のように思ったりする。

他国の反感や原爆やポツダム宣言などを取り上げてポストするつもりはさらさらない。しかし過去の事を約70年経過した現在にまで靖国参拝が問題視されているのは、もはや内政干渉ではなかろうか?と感じてしまう。そかもそれを外交のカードにするのはいささか疑問ではある。

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どっちにしても思想家ではないしましてや、戦争を経験していないボクとしては過去の苦しみをあえて生み出す戦争を新たに起こすのは愚の骨頂だと、ぐらいは理解できる。
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先の大戦を美化するわけではないが、あの時代は紛れもなく侵略戦争が各国で起こっていた事実はある。その際、日本が軍国主義の名の下に真珠湾攻撃を行ったのはハルノートによって相当追い込まれていたのは周知の事実。

どんな事態になってもそんな状況を作ってはいけないと、日本国民が思うようになる為には若かろうがなんだろうが直近の自国の歴史を知っておかないとまずいよね。集団的自衛権やら今な若い子には何のこっちゃかもしれないが、興味を示さないってのが一番良くないよね。 

来年も靖国に行こう。